AIのある暮らし 女性の活躍 編

 「男に都合のいい価値観によって支えられた 男にとって都合のいい社会 これは社会とは

呼ばないのです。何者かにとってのみ都合のいい社会は 社会と呼ばない。その社会の中に

存在しているすべての人間にとって都合がいい より豊かで より楽しくて そういうものが

社会でなければならないのです。」

 もう一度、我々は本当の意味での社会というものを作り直さなくてはならない。

 縄文時代は一万年間も戦争がなかった。この背景には 縄文時代の中心リーダーが女性だったという事実がある。たくさんの戦争を通して どんなに人殺しを繰り返してきたか

「深く反省して 一度男たちは降りなさい」社会のリーダーを女性たちに もう一度任せるときが

男にはその英知が必要なときが来たというふうに私は考えています。

「自分に正直に生きてみろ」より 安田 正著 ダイヤモンド社

 女性が中心となっている社会のシュミレーションを、AIを使って行うのはどうでしょうか?

 

星の王子様と AIのある暮らし

原因不明、アフリカの古木バオバブに迫る危機

アフリカやオーストラリア(一部)などのサバンナ地帯に多く生息するバオバブの木。その高さはおよそ30メートルで直径は10メートルにもなるといわれています。マダガスカルの西海岸にあるモロンダバという町から車で30分ほどいくと、観光地として人気のあるバオバブ街道があります。道の両はしにたたずんだバオバブがお出迎え。

パトラット氏が注目したのは、Adansonia digitataという学名を持つアフリカのバオバブだ。この種は、アフリカ大陸や近隣の島々のほぼ全域に分布している。

 パトラット氏によると、アフリカでは、特に大きく古いバオバブは南部に集中している。しかし、2005年以降、最古級の13本のうち8本が、そして最大級の樹高のバオバブ6本のうち5本が、部分的に枯れたり、枯死したりした。しかも、この中には、パブとして使われた「サンランド・バオバブ」をはじめ、ジンバブエの「パンケ」という聖なるバオバブ、「グルートブーム」と呼ばれるナミビアの大木、ボツワナにある「チャップマンのバオバブ」といった、世界的に知られるバオバブが含まれている。

 研究データの母集団は小さいとはいえ、憂慮すべき兆候であることに変わりはない。「バオバブは人間の何世代にもわたるほど長生きするのが普通です。この状況が続けば、私たちのほうがバオバブよりも長生きしてしまいそうです」とパトラット氏は話す。

 タンザニアのダルエスサラーム大学の植物学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーでもあるヘンリー・ナダンガラシ氏も、この発見に衝撃を受けた1人だ。ナダンガラシ氏は、「バオバブに問題など起きはしないと安心しきっていました」と述べている。

原因は気候変動か

 パトラット氏のグループは、木が枯れる原因は病気ではなく、気候変動による温暖化と乾燥化の影響ではないかと考えている。巨木として知られるバオバブばかりでなく、ほかのバオバブの木が枯れるペースが上がっていることもわかっている。アフリカの中でも、温暖化が進んでいる地域では特にそれが顕著なのだ。

 もちろん、気候変動とバオバブの大量枯死を結びつけるのは早計で、さらなる調査は必要だろう。ただ、学術誌「Biological Conservation」で発表された別の研究で「絶滅の危機に瀕したマダガスカルの3種のバオバブのうち、2種が気候変動による被害を受けている」と結論していることを看過すべきではない。

 地球の温暖化で降雨量の変動が激しくなることで、バオバブの生育地は限られていくだろう。マダガスカル政府は、今後の生育地としてふさわしい保護地域を決めきれずにいる。(参考記事:「新種のキツネザル、まんまる目玉でリスより小さい」

 中米コスタリカの熱帯雲霧林でも植物が被害を受けている。メキシコ国立生態学研究所の森林生態学者で、同じくナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるタリン・トレド・アセベス氏は、これも温暖化による可能性が高いと言う。(参考記事:本誌2015年6月号「消える北米の森」

「残念ですが、バオバブの研究からわかったことは、驚くべきことではありません」とトレド・アセベス氏は話す。「アフリカ南部で起きている、古いバオバブの大量枯死の理由はわかりません」

 トレド・アセベス氏は、研究の対象となったバオバブの数が少ないことを指摘し、非常に考えにくいことだが、古い個体の自然枯死である可能性もゼロではないとも述べている。

しかし、アセベス氏は続ける。「バオバブは、2000年以上生きるのが普通です。研究者は特に古い個体に注目していますが、この短い期間で70%以上が枯れたということに、注目すべきです」。つまり、短期間に多くのバオバブが枯れていることを見れば、やはり自然枯死とは考えにくいということだ。

「2005年から2017年まで、ほんの12年です。バオバブの長い寿命を考えれば、自然枯死と片付けることはできません」

Photograph by Beth Moon

ロボットデザイン 米田 裕さんのコメント

ロボットは誰がデザインするのがいいのだろう? 機械だから工業デザイナーなのか? 機能を追及するとエンジニアなのか? アニメのメカデザイナーなのか? ファッションデザイナーなのか? 考えると夜も眠れず昼寝してよだれを垂らすこととなった。

 夏の暑い盛りの昼寝はこたえられないね。

 なことしてる場合ではなく、ロボットのカタチは誰が作るのがいいのかということをすばやく書かねばの娘だ。

 自分で言うのも恥ずかしいが、オレはSFイラストを描いている(当人はまだ現役のつもり)。となると、SFに登場する見たことのないメカも描かなくてはならない。ロボットもそれらのひとつだった。

 ロボットはどういう姿をしているといいのか、それはとても気になった。小説のなかで書かれている機能を実現する形がいいのか、そんなものは関係なく見栄えのするものがいいのか、実在しておかしくないものがいいのか、つきつめて考えると1mmの線も描けずに締め切りとのせめぎあいで寿命が縮む思いをしていた。

 そして、SF雑誌の衰退とともに敵前逃亡してしまったカタチだが「不肖米田裕、恥ずかしながら前線に戻ってまいりました」だ。ロボットのカタチについて考えなければならない。

 ロボットが世の中に生まれ出ようという時代、子供のころに夢だった21世紀に生きる者として、ロボットの姿カタチはとーっても気になる。ロボットの姿を考えるために、過去のロボットからおさらいをしていこうと思う。

 

 

最初は人間そっくり

 元祖、本家、大元のロボットである『R.U.R』に登場するロッサムズの万能ロボットは、人造組織による人造人間だった。したがって外見は人間風だったと思える。
 もっとも、『R.U.R』は戯曲として書かれたので、舞台で演じないといけない。発表された1920年では、機械のような格好をして演じるのも難しかったので、人間と外観的に変わりがない姿となったのではないかと想像してしまう。
 実社会では、1920年代では、自動車が普及しはじめ、飛行機が飛ぶようになり、電気掃除機や電気冷蔵庫が登場しはじめた時期だ。
 著者のカレル・チャペックは先見の明を持って、ロボットを人間と変わらぬ姿としたのか、当時の舞台美術の事情からなのかはよくわからない。
 1907年には、アメリカの化学者 レオ・ヘンデリック・ベークランドによって、世界初の合成プラスチック「ベークライト」が発明されているが、当時は高価なものだから、それで人間のような外側を作るのも大変だっただろうね。

 1926年にはフリッツ・ラング監督による映画『メトロポリス』が公開され、女性型ロボットの「マリア」が登場したわけだが、あれは金属で作った着ぐるみだったのかな。だとするとかなり重いものだったろう。
 もっとも、映画館で見ていた男たちは「あれは女が変身したものでハダカなのだ」とムッシュメラメラと欲望をたぎらせながら見ていたのかもしれないが(笑)。
 やがて「マリア」の姿は、1977年公開の『スターウォーズ』の「C-3PO」に引き継がれるわけだけど、どう見ても、中に人が入っているわなというロボットの外観だった。
 ちょっと時代が進みすぎたので、もう少し前からロボットの姿カタチを追いかけてみよう。

 

 

機械としてのロボットスタイル

 1950年代、アメリカではSFブームとなった。アメリカとソビエト連邦の宇宙開発競争も手伝ったのだろうが、ロボットはSFの格好の題材だったため、ロボットSFも多く書かれ、それらのイメージイラストがSF雑誌の表紙をかざった。
 どうすればロボットが人間のように歩けるのかわからない時代なので、ロボットは胴体に細いパイプのような腕と脚を持ち、関節だけが丸く大きいというのが一般的な姿だったようだ。
 もちろん人間ソックリのアンドロイドもあったが、そうなるとロボットらしさが出ないと思われたのか、たいていは金属のボディに細長い手足スタイルだった。顔にも表情はなく、人間からも遠いスタイルだった。
 メカニズムや機械的なものが登場することで未来を表現できた時代だ。
 さて、その時代、日本ではロボットはマンガに登場する。みなさん、よくご存知の『ロボット三等兵』、『鉄腕アトム』や『鉄人28号』などだ。
 このうち「ロボット三等兵」はアメリカのSF画のロボットに近い構造だ。腕や脚は細く、関節が丸く大きいスタイルである。特筆すべきは股関節部分が描かれているところか。
 「鉄腕アトム」は、全身が人工皮膚に覆われているという設定なので、関節部分には1本の線が薄く引かれているだけで、その構造はわからない。それでも見えない部分には内部構造があるのだなと納得することができる。

 ロボットの姿はどんなものがいい? いま、『鉄腕アトム』のリメイクで浦沢直樹氏の『PLUTO』が連載されているが、その中に登場する「アトム」は人間と変わらない外観だ。というか、浦沢氏が描く人間と変わらない外観というべきか。

 手塚版アトムのように活躍するなら、空を飛び、100万馬力の力を発揮する。手塚版では「アトム」含め、人間もメカもカリカチュアされた姿だから違和感はなかったが、現実世界に投影してみると、そこらへんを歩いている子供が、いきなり空へ飛んでいったり、怪力を発揮したりする。これを当たり前と思えるようになるだろうか?

 現実世界でのロボットデザインはいろいろと難しい。マンガやアニメのロボットを大きくすればいいという解ではなさそうだ。

 そしてロボットデザイナーはまだいない。たぶん100年前、自動車のデザイナーもいなかったと思う。この100年でロボットデザイナーは育っていくのだろうか。

 絵という自分の仕事にも関係しているので、ロボットの姿カタチは気になる。どうなっていくのか楽しみに見守りつつ、折にふれて考えていきたいね。